【出産立ち合い】出産立ち合いする?しない?迷っている方に、僕が絶対に「出産立ち合い」を勧める理由

いのち

こんにちはTOMOです🍀

今回は「出産の立ち合い」についてです

プロローグ

あかちゃん

実は先日(と言いつつ、もはや2か月が経ちました)・・・

 

第二子(息子)が誕生しました👶🎉🎉🎉

 

上の子(娘)が生まれた2年前は『新型コロナ』が騒がれ始めた頃だったのもあって

当時の病院では出産立ち合いができませんでした

 

しかし、最近ではコロナの行動制限も少しずつ緩くなりなりつつあってか、なんと

今回の出産では

分娩室・手術室まで入っての出産立ち合い

ができました!

出産立ち合いを迷っている方へ~立ち合いをお勧めする理由~

妻からの話や病院の先生の話を聞いたりしてお産について頭では分かってはいるつもりでも

所詮は他人の言葉。

実際の現場における

痛み・衝撃・恐怖・緊張…

こういったものは実際にその場に存在しないと絶対に感じとる事はできません

 

いや、もちろん実際にお腹を切られるのは自分じゃありませんよ

 

なので、100%全く同じ痛みを共有するわけじゃありません

せいぜい僕なんかが隣にいて感じられるのは本人のそれの1%にも満たないかもしれません

 

でも、手術室の扉の外で待つのと現場で実際の現場の壮絶さを肌で感じるのでは

天と地ほどの差があります

 

そして、そういった共通体験をすることで(月並みな表現ですが)

今後の自分自身の生命観・倫理観に

確実に大きな影響を与える

と断言します

 

僕は今回、この体験だけはどれだけ時間がかかっても記事に残して

同じように「出産立ち合い」を悩んでいる誰かの背中を押したいと思い筆を執りました

しかしきっかけは興味本位

yesno

実は今回の出産に際して、事前に

「出産立ち合いをするかどうか」

を聞かれていました

 

正直なところ、

自ら進んで”血を見る現場に足を踏み入れる”と言うのは正直そこまで乗り気ではなかったのですが

 血の池地獄

「オペ室なんて滅多に入れる所じゃないし、見学って事で!」

という何とも軽いノリで希望しました

 

なんと我ながら呆れるほど

超浅い動機。。。

手術という「命の現場」

手術

今回の出産は

「計画帝王切開」

だったので手術前に一通り検査と手続きを終えた1~2時間後には麻酔導入のため妻は手術室へ

 

その後準備が整うと僕も後から手術室へ案内されました

 

手術室に入ってまず、目に飛び込んできたものは手術台の上に仰向けで寝かされ、よくわからないチューブやらなんやらがあちこちに取り付けられ、口元には酸素マスク姿の妻

 手術2

僕にとっては

これだけでもかなりショッキングな光景

そしてこの時点で悟りました

 

(あ、これは完全に自分の考えがぬるかった…)

 

自分がいるのはこれから何が起こってもおかしくない「命の現場」

だという事を自覚しました

 

「帝王切開だと医者さん任せだから安心のお産だよね。」

なんて心の片隅では思ってたのかもしれませんが、手術室に足を踏み入れた瞬間にその考えを改めました。

 

出典:『コウノドリ』16巻

 

(しかし上の子の時はこの空間に妻は「たった1人」で耐え、戦っていたのか・・・)

 

この時点で、もう完全に現場の空気に呑まれてしまいました。。

出産立ち合いを勧める理由

男と女

この記事では実体験をもとに

「僕(立ち会う)側として」

「妻(出産する)側として」

の2つの視点からそれぞれ

出産立ち合いを勧める理由について書いていきます

 

※妻目線については実際に妻と話して感じた事や、その時の様子などを踏まえて書いていきます

僕(立ち会う)側として

「出産の過酷さ、命が生まれる瞬間の凄まじい過程を共通体験する」

何度も何度も言いますが、立ち会う側からするもはやとこの一言に尽きます

 

出産立ち合いをした経験もしなかった経験も両方ある僕の立場から敢えて言うと

出産立ち合いをしない:「生まれたという結果のみ」を見る

出典:『ジョジョの奇妙な冒険-第三部-』28巻

 

こと出産に関してはDIO様的に考えるのは事出産に関してはオススメはしませんね

どんだけ無関心なんやと…お前の子やぞ!

立ち合いをする:「生まれてくるまでの過程まで」を体験している

 

出典:『ハンター×ハンター』28巻

 

ネテロ会長の生前のお言葉をお借りしました

「出会うまでの全ての過程に感謝せよ」そういうお言葉にも聞こえます

 

やはり実際に立ち会うことでしか感じえない現場の熱量を感じる事、そして

こんな過酷な過程を経て新しい命が自分たちのところにやってきてくれたという感動・感謝

子どもや妻に対する尊敬を改めて感じる瞬間になります

妻(出産する)側として

とは言え、

「実際にお腹切られるのは自分じゃないし。」

「自分が居たところでできる事なんて何もない。」

「結局お医者さんに全部お任せするしかなくね?」

そんな風に思っていませんか?

出典:『SLAM DUNK 新装再編版』 14巻

手術中に当事者が感じる不安や恐怖は計り知れません

帝王切開術は普通の開腹手術と違って「全身麻酔がかけられない状態」で手術を行うことが多いです。

それはどういうことか・・・

 

「手術中の全てのやり取りが本人にも分かってしまう」

という事です

 

これって(医療従事者でも何でもない僕ら素人にとっては)とんでもない恐怖です

 

お医者さんの焦りの声や不慮のトラブル、想定外の事態も全部わかってしまいますし、当然麻酔範囲外には痛みも感じてしまう(しかもこれが正しい状態なのかどうかもわからない)」んですよ?

 

ただでさえ慣れない無機質な手術台に縛りあげられ腹を切られるというありえない状況に対する恐怖でいっぱいなのに

・麻酔がかけられているのに感じる謎の苦痛

・現場の危機感や焦燥といった(なんかやばそうな)雰囲気

までも感じてしまうんです。

 

こんなん僕ならこの時点で失神モノです

 

想像してみてください

こんな時に身近な人がせめて1人傍らにいてくれたら

 

痛みや苦しさは消えないかもしれませんが、

精神的な心強さはかなり違うと思いませんか?

さいごに

今回は出産立ち合いについて記事にしてみました。

長々と書いてしまいましたが、言いたいことは一つだけです。

 

出典:『コウノドリ』5巻

 

この記事が誰かの背中を押す事になれば。

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